’60s東京グラフィティ -プロデューサー日記-
東京渋谷で2006年のGW(ゴールデンウィーク)に開催されるイベントの準備からスタートまでの記録
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打ち上げと今後
ご無沙汰でした。
今夜は、エド山口さんが出演する銀座「タクト」で、60s東京グラフィティの打ち上げ。参加予定だった星加さんは、J-WAVEの番組が2時間も後ろにずれたため、「ごめんなさ~い。二部には間に合うかもしれないけど、体力と気力が残ってるかしら~」と、残念そうな電話あり。
きっとまた機会がある……。

で、その機会が、正式に7月7日になるのです。
いつもの宴会ではなく、「東京60sクラブ」の“キックオフ・パーティ”と正式に位置付け。「七夕」というのもいいんじゃないか、ということになったのでした。
場所は、事務局となる「ケイズ」。いつもの宴会メンバーも、会員として参加することに。
さらに、秋には“ジャズ”をテーマとした小さなイベントも計画中。吉祥寺の株式会社麦(HPをご覧になってください)との提携、いくつかの“ジャズにふさわしい企業”にも順に声を掛けようと思案中です。

少しずつ、少しずつ楽しいことへ。

南青山、ホテルフロラシオン近く‥‥。
午後8時ちょっと前。紀ノ国屋仮店舗前で、古戸さんと待ち合わせ。「私も見ておきたい!」と、Kapparさんも同行。
紀ノ国屋仮店舗の角を曲がると、「まだあるんだ~!」と思わず声をあげてしまう。銭湯が、まだ健在なのだ。近くを歩くことさえ久しぶりの一帯。表通りは様変わりの激しい青山も、路地を一歩曲がると昔の風情を残している。
ひっそりとお洒落な和食屋さんや、妙にデコラティブなエントランスのマンションを横目にしながら約3分、表参道の駅から5~6分というところだろうか、ぽつんと彼の店の看板が見えた。
「一応、電気を点けてみました」。古戸さんが傍らで照れ臭そうにつぶやく。「プロジェクターで、ちょっと映像を映したりもしてます」。僕たちを迎えるために、多少手をかけてくれたようだ。
数段の階段、小さなドア、入り口には手書きのオープン告知。一歩足を踏み入れると、スティーブ・マックィーン「ル・マン」の映像が流れている。足を踏み出すごとに、ギシギシと手作りの床が軋む‥‥。
ほとんど長方形7坪のスペースに、木製の本棚、ガラスのテーブル等が配置され、まだ店作りの途中を感じさせるダンボールなどが一箇所に集められている。
「いいんじゃない!?」。Kapparさんが微笑む。なんだか、一緒に店作りをしていこう、という気持ちだ。写真を撮りながら、これからのことを考える。5~6人が集まった様子をイメージしてみる‥‥。

な~に、みんなで「手作りを手伝う店」だと思えばいい。というのが、僕の結論。Kapparもそんなイメージのよう。
写真も少しずつご紹介しましょう。正式にオープンしたら、お伝えします。一緒に行ってみませんか?

ところで、ぶらぼ~さん、Mr.Hさん、ハゲアメリカーノさん。60sFACTORYのBDシャツ。袖を通してみていただけましたか?いかがでしょうか?ご意見をお寄せください。

準備が進む!東京60sクラブ。
少しばかり「気の抜けた日々」を過ごした一週間。事後取材を受けたりしつつも、身体と頭の芯に力が入らないのを自覚する‥‥。

月曜日。午後6時過ぎ。古戸氏の来訪を受ける。彼は、クルマ専門の古書店に在籍していた後に一念発起、青山に小さなお店を自前で開店準備中の青年である。30代で、なんとか集めた自己資本で始めようというのだから、偉い!
60年代~70年代。クルマが最も魅力的に輝いていた時期の本や写真集を中心に、クルマにこだわった本屋をやりたいとのこと。以前に計画は伺っており、東京60sクラブとなんらかの提携をしようと話し合ってきてはいた。ところが、いよいよオープン間近とのことなので、話を具体的に詰めることにした。
店は、わずか7坪。飲食の営業はしないことを条件とした物件。青山通りから路地を二本入った“隠れ家”的な場所だけに、物販だけというのはもったいない気もするが致し方ない。
東京60sクラブの構想。60sFACTORYのコンセプトとモノ作りの思想を改めてご説明し、「こんなことは可能かな?」と提案した。

1.東京60sクラブ提携の店になっていただけるか?(VAN TOWN青山の一角。小じんまりとしていることが、かえってうれしい)
2.60sFACTORYの全商品を置かせていただけないか?(もちろん、委託販売も‥‥)
3.お酒を売ることはできないとしても、東京60sクラブが持ち込んだお酒をメンバーが店内で飲むことは許していただけないものか?(小さなメンバーズ・カウンターを設置)*何しろ、60~70年代のクルマの本に囲まれたスペースである。談笑する空間としては申し分ない。
4.時々、小さなイベントを開催させてもらえないだろうか?(穂積さん、くろすさん、石津祥介さんとお話をする会。星加ルミ子さんもお招きしたい)

もちろん、スペースとして使わせていただく費用は、若干であるとはいえ用意させていただくつもりではあるものの、ある意味では勝手なお願いである。
「どう?」「だめ?」と身を乗り出すと、古戸さん、あっさりと快諾!「むしろ、ありがたいです」とのこと。聞けば、穂積さんのクルマのイラスト集やくろすさんの本も仕入れているという。彼自身が穂積さんのファンだった!
しかも、VANSHOP多治見さんのことも「いやあ、我々の間では有名な方です」とよくご存知で、「是非、お知り合いに‥‥」とのこと。
前進だ!
明日(18日)、お店を訪ねてくる予定。またご報告しま~す。
「こんなことやろうよ。やってよ」とか、ご意見、ご希望があればお寄せください。

きんちゃん、7月には是非お会いしましょう!
ぶらぼ~さん、お忙しかったのでしょうか?お身体大切に~~!

では、明日の夜中には、ご報告~~。


終わりから、次へ。
5月10日、2週間に及んだ「60s東京グラフィティ」が遂に終了!小さな脱力感と、少しばかりの満足感と、自覚し難い疲労感が足元から身体を浸してくる。
9日は、せっかく来場頂いたTRADさんに、所用のためお会いすることができなかった。残念!かつ、申し訳ない!名古屋方面には、一度お伺いしなくてはならないだろう。
やり残している仕事にも妙に手がつかないまま一日を過ごしつつ、これからを考える。
多くの人にお手伝いいただき、たくさんの人に知り合った。60年代に対する思いの強さと深さにも、たっぷりと触れることができた。数年前から思い描いていたことに着手し、わずかでも前進させなくてはならないと、強く決心する。ささやかに準備をしている「東京60sクラブ」につなげていければ、活動は途切れることはないかもしれない‥‥。
「東京60sクラブ」は、東急百貨店の「父の日」とのタイアップでデビューするに等しいが、すでに多くの方々にご協力いただくことになっている。
“60年代を懐かしいだけの時代にすることなく、60年代を発信しつづけよう”というのが、「東京60sクラブ」の趣旨。ささやかながらも、活動を続けていき、それが時々大きなうねりになってくれれば幸せだと思う。

みなさんのご協力を~~!

やがて、HPが立ち上がる予定ですが、それまではこのブログを続けていく所存。これからも、よろしくお願いします。

60年代の食べ物
60s東京グラフィティがスタートを切って一週間。色々な人と会場でお会いすることができた。
元VAN販促の懐かしい顔があった。広告代理店の知り合いもやってきた。和菓子屋さんもやってきてくれた(この方とは、新たな縁が生まれるだろう。またご紹介しなくてはならない)。そして、遠路遥々ぶらぼ~さん。一緒にやってきたVANコレクター中村さんは、伊藤紫朗さんと穂積和夫さんに電話してくれた。お二人とも縁がある。事務所で設けた一席も豊かで楽しいものとなった。アメリカーノさん、Mr.Hさんもありがとう。
翌日は、なんと60sFACTORYでお世話になっている「トラッドの生き字引」谷さんにもバッタリ!VAN、Kent、J.Pressの企画に携わってきた方だけに、何度伺っても商品企画の裏話には興味が尽きない。

東急東横店で始まった「60sダイニング」にも定期的に顔を出す。昼食は,「出雲そば」と決めているくらいだ。
そして、会場に行くと、復刻商品にできている人の列を見ながら、「味に対する評価はどうなのだろう?」などと思う。
今となってみれば、60年代には驚くほどおいしいものはなかったようにも思う。すべてが素朴で、ある意味では雑だった。だから、ひたすら高度な味を求める人には、60年代のダイニングは、その期待に応えることはできないかもしれない。しかし、グルメが情報としてもてはやされる半面、味や食事に興味を失いつつある人も増えている昨今だからこそ、味や料理の原点と、そこから学んできた自らの味覚の歴史も楽しんでみたいものだ。




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