’60s東京グラフィティ -プロデューサー日記-
東京渋谷で2006年のGW(ゴールデンウィーク)に開催されるイベントの準備からスタートまでの記録
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60年代の文化
晴れのち曇り。からりと上がった空に、瞬く間に雲が広がっていく‥‥。
60年代の音楽をピックアップする作業をしながら、時々窓外の光の変化に目をやる。最近、関わっている仕事のせいか、どうしても60年代のことを考えてしまう。今目の前で起きていることに声高に加わり、存在を強く示した後、掻き消えていった学生時代の友人たちを思い出す。40年近くが経った今でも、いささか腹立たしく、ちょっぴり悲しい。
そう言えば、VANが倒産へと急坂を転げ落ちていった時にも、そんな輩が多くいたような気がする。

新しいモノやコトが大きな影響力を持ちそうに見えた時、そこに身を乗り出し派手に動いて見せる人に大きな期待はできない。遠くから目を凝らしじっと見つめている人や、関心を寄せる人の輪の周辺にいつも静かにいて耳を凝らしている人の方が信用できる。文化をしっかりと継承していく人は、きっとそういう人なのだ。
人は、経済人と文化人に大別できる。僕は、文化人が好きだ。
そんなことを考える。
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この記事に対するコメント
初めてvAN SHOPへ行ったのが当地になく仙台へ行って初めて白のBDシャツを買った(高かったと記憶するスニーカーのラダーも900円位したから)高校1年生のサラリーマンの息子にはシャツ1枚買うのがやっとだった。けど、店員さんやたまたま来てたVANの社員の方からノベルティを貰った時の喜びは今でも覚えている。タイピンをはずして「よかったら、あげるよ」「今日は遠くからありがとう!」子供ながらに彼の体からはオーラが出てたし、格好よかった!「若大将!」がぴったり。東京の方は格好いいよな!友人と二人で帰りの車中はそればかり、もっていったメンクラを二人でみながら、店員さんや社員の方に教えられた「アイビーの着こなし」を少ないワードローブのなかでなんとかあるように振る舞う!まさに涙ぐましい努力だった。あれから40年もの間近づいたり遠ざかったりしながらトラッド一辺倒(自分なりに着くずすようになったが・爆)ライフスタイルまでVANに教えられた。78年当時はもうすでにマクベスへ移行してた。もうこのころのVANには魅力ある商品といったらKentとSCENEくらい。社会人になった時作ったKentのスリーピースは最近までタンスに鎮座してた今は物置の中?今日は60年代のメンクラを眺めながらこれは有りだよ!とか、さすがにコレはね?と言いつつ書き込みしてます。とても、素晴らしい人生を送らせて頂いたのは「60~70年代のIVY &TRAD があったからだし、生涯これでいきますね。追伸、30年位前の「通称・アイビーブレザー(紺地にエンジのストライプ、金3つボタン段返り、センターフックベンツ)が体型が戻って着られるようになりました(笑)白のパンツにホワイトバックス、紺地ドットのバタフライなんぞ締めたら、お~っ!アイビーじゃん!
【2006/03/29 21:32】 URL | ぶらぼ~不良鈴木 #2DdjN05. [ 編集]


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