’60s東京グラフィティ -プロデューサー日記-
東京渋谷で2006年のGW(ゴールデンウィーク)に開催されるイベントの準備からスタートまでの記録
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スタート!
午前10時半。会場に到着。公開スタジオの打ち合わせをしつつ、横目で状況を見てみると、東急百貨店の関係者の方々の説明ミーティング。「もうすぐだ~」と思うと、不安と期待が手をつなぐようにして一緒に顔を覗かせてくる。
まあしかし、「人事を尽くして天命を待つ」だ!と念じてみる一方で、「人事を尽くしたか?」という疑問、自責の念なども浮かんでくる。しかし、時は過ぎていく。悪くはない。結果は自ずから、出てくるものだろう‥‥。
午前11時。遂に開店!
石川次郎さんと会場のメインの場所で、お客さんを待ち受ける。‥‥。‥‥。いきなり、人の列だ。‥‥。
その後は、ただやけに忙しいだけ。広報の人から、5件の取材が入る予定も伺う。それはうれしいことだが、来場されたお客さんの反応の方が気になる。
楽しそうだ。中には、目線に真面目な光が射している人さえいる。
ほっとする。‥‥。
そこに!「柿本さん、京都からお知り合いの人が‥‥」との知らせ。慌てて駆けつけてみると、お会いしたことさえない「能勢さん」。わざわざ起こしいただいたようだ。ありがたくて、お話に時間を割く。
楽しい時間だった。
ああ、こんなことが続くんだ~。やっててよかった~。
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60年代とアメリカ
NHK「クローズアップ現代」で少しばかり紹介されたからだろうか、テレビ東京「ワールド ビジネス サテライト」からも取材申し込みがあったとか。しかし、その視点は「今またアメリカがブームの兆し」というもののよう……。
60s東京グラフィティが目指しているところとは、いささか異なるようである。取上げていただくことはありがたいこと、と思わなくてはいけないのだろうが、隔靴掻痒、核心を突く話は数少ないような予感がする。

考えてみれば、やむをえないことではある。20~30代の人にとっての60年代は、僕自身が中学生の頃「大正デモクラシーって、よかったんじゃない?」と、モボ、モガの写真を見ながら思っていたのと同様の時代感覚。60年代をイメージし、そこにあったはずのある種の本質に触れてもらおうとすることはむつかしい。
だからこそ、である。60年代のよさは、それを知る者たちが伝えていこうとしなくてはならないのだ。おじさん、おばさん、じいさん、ばあさんが、大いに発言し、行動していかなくてはならないのだ。

そう言えば、数週間前、事務所の女性に差し出された朝日新聞に「60年代の影」に触れた記事を見かけた。「“三丁目の夕日”の世界に漂う悪臭」に言及し、過剰な美化に警鐘を鳴らしているものだった。
アホか!と僕は思った。新聞を読まなくなって久しい理由は、その小賢しさが嫌だからだ!と思った。
光には影がつきもの。当たり前の話である。有機野菜を食べようと思えば、寄生虫も気にしなくてはいけないのだ。
光のところを見つめ、その輝きと美しさを継承していくことは、悪いことであるはずがない。文化はそうして作られ、継承されていくものなのだから。

持続する意志と努力‥‥
22日夜、荻窪に向かう。知り合いの女性の出版記念パーティに出席するためだ。
彼女の名前は、箕輪弥生さん。著書のタイトルは、「LOHASで行こう!」。LOHASの入門・実践をやさしく説いた本である。
実は、彼女のこの著者、持続する意志と努力の結果生まれたもの。飛鳥新社という出版社のHPにあるLOHASに関するコラムは、そのスタートから箕輪さんが中心になって作られてきていた。言わばその最初の集大成が、「LOHASで行こう!」だからである。
LOHASは、一過性のものではないだけに、続編もあることだろう。箕輪さんの意志と努力は、きっとまだまだ継続していくに違いない。

60年代、アイビーなどに関してはどうだ?過去のものとしてしまわないための努力は始まったばかりだ。努力を支えるべき意志が断ち切られてはいけない。
激励をいただいた方々のためにも、端緒についたばかりであることを、改めて肝に銘じた夜だった。

VANの広告
水曜日(19日)、石津祥介さんと大阪クラボウ本社に伺う。倉敷アイビースクウェア内に「石津謙介記念館」を設立・運営しましょう、とのプレゼン。社長にも聞いていただく。
まだ事業計画の立案に入る直前、事業概要に過ぎないが、ケンちゃんにお願いしたパース付き。35坪想定のスペース・イメージまで見ていただく。
設立すべきは、「アイビーのメッカ」。石津謙介氏の生まれ故郷岡山に隣接している倉敷市のアイビースクウェアに似つかわしい話だと考えている。多角的な事業展開の基地ともなりうる。
集約そして発信。アイビーを次代に伝えていくべき拠点は、石津謙介氏の「人と生き方。そして残したもの」をコアに作るべきだ。

その二日前、石津事務所で5枚のDVDをお預かりした。VANの広告、石津謙介氏出演のテレビ番組、アメフトチームVANGuardsの試合風景等々。懐かしく、観させてもらった。そして、「Come On Sportman」キャンペーンのライフスタイル提案の新しさに、今更ながらに見入ってしまった。
イベント会場で流す予定になっているので、ご期待を。

公開生放送
いよいよ一週間後に開幕が迫ったイベント、60s東京グラフィティ。5月4日、公開生放送のゲストにお招きする予定だった浅井慎平さんが、残念ながらお見えになれないとあって、ゲストにどなたをお招きするか、あれこれ検討調整した結果、なんと二名の方に決定した。
ミッキー・カーチスさんとマイク眞木さん。お二人ともボタンダウンクラブのメンバーだ。マイクさんには、イベントで三度もお世話になっている。60年代から活躍してこられたお二人だけに、エド山口さんとのトークは楽しみだ。
半日かけて、マイクさんのマネージャーの方と連絡を取り、写真をお借りする手配も完了。小さな積み残しや気がかりはなくもないが、ほぼ準備は完了へと向かっている。
何人かのスタッフの方は、疲れ気味の今日この頃。あとわずか。無事にスタートし、肩の荷を降ろした明るい顔を見たいものだ。

60年代よ、いずこへ?
仕事の合間をかいくぐるようにして一泊二日の帰省。しばらくのご無沙汰でした。
僕の田舎は、島根県益田市。かつては陸の孤島とも言うべき時間距離の場所でしたが、今や「萩・石見空港」のおかげで、東京からわずか一時間の距離となりました(当初は「石見空港」だったのが、改名。石見は島根県であるにもかかわらず、観光地として名の高い山口県の萩が頭に付くところが悲しいのですが……)。
人口5万人と少し。地方都市の典型益田市は、海に近く、山に近く、食べるものに関してはなかなかの町ではあるものの、さしたる産業もなく、道路や公共施設の工事がなかりせば、活気もなくなろうかという状況に置かれています。
既に実家もない町をふらりとさまよい、親父の墓参り(命日が、60s東京グラフィティ開幕二日目!)を済ませて駅前に足を運んでみると、なんと、まさかの高層ビルが建築中!聞けば、商業施設とマンションが入る予定とか。呆然として見上げながら、「誰が入るんじゃ~!」と心の中で悪態を付いたのでした。
狭い道路、瓦葺の屋根屋根、そこかしこから漂ってくる調理の香りや悪臭……。混沌とした、しかし人の匂いがする60年代のあの町は、もう帰らないんでしょうね。

浅井慎平さん、なぎら健壱さん
まさに「禍福はあざなえる縄の如し」。
5月4日の生放送の出演をお願いしていた浅井慎平さんから、「申し訳ない‥‥」との連絡あり!忙しいスケジュールを縫うようにして何とかしようとしていただいていただけに、残念であり、申し訳ない気分。代わりにお願いしようとしている方と交渉を開始。決まるといいのだが‥‥。
一方で、ゲストが決まっていなかった5月6日は、なぎら健壱さんに決定!エド山口さんとの“60年代うんちく合戦”が楽しみだ。
午後3時からは、おそらく最後になるであろう「全体確認会議」。小さな心配事は残っているものの、着実な進行に「たくさんの人に喜んでもらえそう‥‥」と、安心と期待が高まっていく。

4月27日‥‥。後2週間だ。

ワイルドワンズ、加瀬邦彦さん
昨日は、ワイルドワンズの加瀬邦彦さんとお会いして、色々お話をさせていただきました。「人と人の出会い」が、人生を変えることがあるんだよ~。というお話で、ちょっと盛り上がってしまいました。

実は、加瀬邦彦さんが、音楽にのめりこみ始めたのは、16歳。東京から茅ヶ崎に引っ越した時のことでした。通学する電車に乗り合わせる女子高校生は見たことがある、程度だったのに、加山雄三さんのお宅で開かれたパーティに、先輩に誘われて行ってみたら、そこになんと、あの女子高校生がいたのです!
その後、勝手に遊びに行くようになって(加山さんのお宅に)、アメリカンポップスを聞いている間に、加山さんがバンドを編成して、練習を始めているのを聞いたのがきっかけで演奏する側の楽しさに触れたために、聞く側から演奏する側に行ってしまうことになったそうです。
ちなみに、加瀬さんにギターの手ほどきをしたのは、加山さんらしいですよ~。

アイビーのメッカ
午後、ボタンダウンクラブを訪問。これまでの経過をお話し、若干の打ち合わせをする。石津祥介さんとくろすとしゆきさん。
「石津謙介記念館」の企画概論をお持ちしたせいか、あちらこちらへと跳びながら、団塊世代の現状と今後、その影響力、今後のマーケットとしての特性と可能性などについて、の話になる。「団塊はうるさいわりには買わないんじゃない?」とくろすさん。「賢い買い方を知ってるから、バーゲンとかファミリーセール狙いが多いんじゃない?」と石津さん。“団塊の一人である僕を前にして、まあ~”!!「いやいや、むつかしい側面は、おもしろい側面かもですよ……」と話しつつ、話題は「石津謙介記念館」へ。
石津祥介さんでさえご存じなかった、石津謙介さん秘蔵の“トランペット”を見せてもらいながら、思い出話へと話題は展開していく。きちんと残し、発信していかなくては、と思う。
「石津謙介記念館は、“アイビーのメッカ”にならなくては……」と力説。ついつい熱がこもっていく。プレゼンは、間近だ。

VANグッズ
いくつかの問い合わせに、考えたり手配したりで一日が過ぎていく。
「VANの映像、特にVANグッズに関する映像ありませんでしょうか?」という問い合わせは、フジテレビの制作会社から。今回のイベント会場にできるフジテレビのブースで流す映像の取材過程で、VANとVANグッズのことがしきりに出てくる、というのがその理由。それはそうでしょう、と思いつつ、「悲しいかな、お貸しした“Take Ivy”という映像以外はありません」と答える。
意外と記録を残していなかったのが、VAN。60年代初頭のVANの型紙を社内で探した時、「そんなもの、残ってないと思うよ」と商品企画の人に言われたほどだ。過去に拘泥しなくても、次々と新しいものを創っていけばいいじゃないか、と多くの者が考えていた会社だった。そして、事実創りつづけていたように思う。
だから、コレクターズ・アイテムとなれるのだろうが、今となってはもったいない感もある。きちんとしたVANモデルを作るのが、至難の技となっている所以である。

60sだ~。
8日、NHKの取材を受ける。「クローズアップ現代」。会議をしているところにカメラ。そして、コメント撮り。
質問を受けながら、大きなうねりを感じている60sという文化や、団塊世代のライフスタイルの“原点帰り”が、まだ大きく表面化していないと思われていることを実感した。現象として見えてくるためには、多くの人が移動するか、特定の商品が爆発的に売れるかしなければいけないのだろうか。深く緩やかに、しかし確実の起きつつある大きな変化は、目を凝らしていなければ予見できない。ささやかなうねりの変化に、海底で起きている大事件が顔を出していることがあるはずのなに。

などと思っていたら、9日のおやじバンド二次審査に、丁寧な取材が入った。映像の撮り方(押さえ方)に、編集方針が垣間見える。ふむふむ、と観察しつつ、30代後半と思しきディレクターのスタンスに、いささか感心もする。自ら見出したい、得心したい、という意志を感じたからだ。
かれは、どのような分析と解釈を見せてくれるのだろう。19日(予定)が楽しみだ。

VANという生き方 ⑨
やがて、VANの経営の危機は顕在化していった。僕は、「VAN MANUAL」の制作を担当しながら、相変わらず他の仕事にも手を染めつづけることで、その忙しさとおもしろさに密かに逃げ込んでいた。
しかし一方で、SCENEとかNiblickという言葉が、大きな音量で届き始め、会議に呼ばれることも多くなっていった。“IVYは、もう終わりか?”をテーマにした会議もあった。秋口には石津さんに呼ばれ、「SCENEってのは、キャンペーンか?」と問われ、愕然としたりもした。頼るべき感性とは無縁の場所で何かが起きつつあることに驚いた。
「おもしろいか?何をやってるんだ?」と気さくに話し掛けてくれ、時には食事にも連れて行ってくれる石津さんの、飄々として厳しく、芯のあるこだわりに触れていると、ファッション音痴で入社した僕にも、VANがやろうとしてきたことが見えるような気がしてきていた。その矢先である。
さらに発展していくための新たな戦略なのか。それとも、陰りが見えてきたからこその戦略転換なのか。SCENEとNiblickを、どう見つめればいいのか、僕にはわからなかった。ただ、それに反比例するかのように、VANとKentの良さと大切さが染み入ってくるようだった。
僕は、お店をできるだけ見て回ることにした。専門店のオーナーの方に、たくさん会いたいと思った。


おやじバンド、ワイルドワンズ、そしてVAN
雨のち晴れ!爽やかなり!とはいっても、事務所の暖房はON。
今週土・日は、おやじバンドコンテストの2次審査。総計14バンドがヤマハのスタジオに集結し、その腕と見栄えを競う。ベーシスト伊藤久之氏の厳しい目と耳を潜り抜けるバンドは、6組。花の決勝は、5月3日だ。
決勝の審査委員長は、星加ルミ子さん。審査員には、芦原すなおさん、エド山口さん、ワイルドワンズの島英二さん。優勝するバンドは……。

おやじバンドコンテストが終了すると、ワイルドワンズのライブ。昼・夜の二回行われる。会場のDuoは、大人が寛ぐことができるライブハウス。お酒を飲みながら、あるいは食事をしながら、じっくりと60年代の名曲を鑑賞することができる。

5月4日は、星加さんが生放送に出演。ビートルズ初取材の時の話が聴けるかもしれない。
さて、その後だ。TRADおじさん達が集結するらしい。これは、楽しみだ。星加さんもお誘いし、60年代の音楽やファッションの話でもおつまみに、飲まなくてはならない。飲むべきだ。……。飲みたい!
大きな副産物に感謝!

60年代の映画
桜泣かせの雨……。リーガルだからと安心していたら、靴の中にまで忍び込んできた雨に、足はびしょ濡れ……。
今日も、歩きました。

スティーブ・マックィーンと言えばこの人、トイズマッコイプロダクトの岡本さん。4人でお尋ねし、最終打ち合わせ。
東急本店前に取って返し、友人の伊藤氏と待ち合わせ。東急百貨店の方々にご紹介。彼は、矢沢永吉のバックでも弾いていたベーシスト。イベントでお世話になる。先週は、ジョニー大倉とレコーディングしていたとのこと。本人の弁。……。「変かなあ。いいのかなあ。いいんだよね」。
雨の中、事務所に帰り、もろもろ……。これから、打ち合わせなのだ。

先日は、はげアメリカーノさんと電話でお話。Tradさんからは、貴重なアドバイスをいただき、強行軍の旅で盛り上がるぶらぼ~さんとちわわさんの話に微笑み、の今日この頃です。
5月3日か4日は、東急本店から徒歩圏内の我が事務所が、必ずや宴会場になるものと、てぐすね引いて待ち受けている次第。楽しみです。

そんな方々に、こっそり!!本日届いた芦原すなおさんの原稿(会場では、パネルに)の一部を、お知らせしちゃおうかな。
芦原さんの60年代の映画第二位は、「荒野の七人」。
さて、七人の中で彼のお好みは誰でしょう?
僕と同じ!というのがヒント!に、ならないか……。
答えは、「ナイフ投げのジェームズ・コバーン」!
惚れ惚れしました!

東京60sクラブ
昨晩8時前から、伊藤忠商事の「60s FACTORY」企画チームのT氏と、今後の展開の打ち合わせ。(60s FACTORYのAは、VANのAなのだ!そこにスピリットありなのだ!)

*60年代には、すべてのスタンダードがあった。以来、多くの人の手が年々歳々加えられることによって、僕たちはスタンダードの所在と風合いを忘れていった。60年代への回帰。それは、シンプルで確かなものへと回帰することを意味する。そしてそれは、新しいものを創造することに等しい。

そんな考えから昨年の父の日のキャンペーンを機にスタートしたのが、60s FACTORYだ。生まれて1年。まだ、ちゃんと育ってくれるかさえもわからない(何しろ、生家が貧乏だ…)。しかし、60s FACTORYに込められたもう一つの意味、60台の職人たち(あらゆるジャンルに職人あり!)の現場回帰を前に推し進めようとしている間に、ありがたいほどネットワークが形成されつつある。
だからこその「東京60sクラブ」。ロゴが完成し、HPの立ち上げを準備中である。もちろん、ボタンダウンクラブとはしっかりと提携しつつ、情報の受・発信をしていこうという次第。商品企画から、ささやかなイベントまで、参加性の高いクラブにできないか、と思案しながら準備中だ。
とはいえ、スタートは遠くない。ああ、だ、だ、だ、大丈夫なのだろか……。


60年代は、これを聞こう100!
気になっていることがあると、ついつい見てしまうのが、メールとFAX。ほとんどがメールになりつつある昨今ではあるが、今回のイベント関連ではFAXでのやり取りが多い。肉筆でのお願いや言い訳には、そこはかとなく情感が漂う。時にはいいものだ。

今朝のFAXには、うれしい便り。エド山口さんにお願いしていた「エド山口選。60年代のCD100枚」のリストが到着していた。
100曲を出すことはできるが、CD100枚となると廃盤もあるし……。と苦慮していたエドさんに、では100曲選んでください、後はなんとか……、と断言したものの、実際に100曲を受け取ってみると、CD選びが至難の業であることを思い知らされる。
しかし、そのリストを見ていると、いろいろなシーンが思い出され、一日の空白で冷えていた事務所に、ほのかに思い出のぬくもりが差し込む。音楽と匂いには、思い出が貼り付いているものだ。

リストを持って、東急百貨店に向かう。そのまま装飾の打ち合わせに参加し、「ミュージックライフの60年代の表紙」のパネル化などのお話をして、100曲を全部CDで集められなくても、リストは展示しよう、という折衷案のような話で落ち着く。

中村誠氏訪問は、いい結果につながったようだった。ほっ!。ちょっとだけ、心配だったのだ……。

テーマ:おすすめ音楽♪ - ジャンル:音楽


VANコレクション
昨晩は、「ぶらぼ~不良鈴木」さんと電話でお話。初めての方だとは思えなかった。身内のような感覚。VANつながりの強さか。GWには、お会いできるだろう。

イベントに関連する様々な手配のうち、まだ終了していない事項をチェック。
お願いしている原稿、写真等の再手配を行う。

東急百貨店の販促の部長以下二名の方々が、今日名古屋へ。VANコレクター中村誠氏のお宅を訪ねるためだ。実際に目で見、選びたいとのことでの訪問。
その熱意と仕事に対する姿勢には、感嘆させられる。
ディテールが全体の魅力を作用する。細かなことへの配慮と活動が、これから開催までの大切なポイント。僕も注意せねばならない。

次第に机の上に溜まっていく資料を横目で見ながら、長くなった一日の暖かさに、ふと睡魔に襲われてしまう自分自身を叱咤激励する日々を想う。

みなさん!
ファッションが、憧れのライフスタイルの疑似体験というのは、「当たり前」だと思っています。ただ、ライフスタイルというものは、本来個別なもので、「おいしものは、人それぞれ」と同じだと思います。
自分自身が「いかにありたいか!」にこだわりつづけるために、ファッションや仕事が持っている「自分自身にとっての価値」を理解していたいですね~~。

僕は、VANのスピリットを抱えつづけたいと思っでいます。

だって、社会人になった時の、「刷り込み」がVANだったんだから~~。



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