’60s東京グラフィティ -プロデューサー日記-
東京渋谷で2006年のGW(ゴールデンウィーク)に開催されるイベントの準備からスタートまでの記録
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株式会社麦
昨日は、アイスクリーム協会への報告をすませた後、三つの打ち合わせ。'60s東京グラフィティの細部を詰めた後、お酒の仕事の打ち合わせを、お酒を飲みながら深夜まで。
東急本店屋上に、GWに「サントリーバー」が復活すること。ウィスキーは、ターゲットを40代以上にすべきであること。ハイボールを代表とする60年代の飲み方提案を再度行うべきであること。お酒は、環境も飲むものであること。ドレス・コードを決めて飲むようなことがあってもいいのでは……といった話をしつつ、細部に至るまで、企画と実施案を話し合う。

そんな話の翌日。今日は、株式会社麦の野口満理子さんに、久しぶりにお会いする。吉祥寺を中心に、ジャズやR&Bのライブハウスからケーキショップまで10店舗以上を経営されている方である。静かな情熱を秘めつつ、アグレッシブでいながら礼節をわきまえた野口さんに、東急百貨店の方々をご紹介。
これから、大人のための活動を一緒にやっていけないだろうか、というのが趣旨だが、何かは起こしていけそうな確かな予感をみんなで持ち帰る。
秋から、ささやかな渦を巻き起こしたいと思う。

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VANという生き方 ⑧
企業PR誌「VAN MANUAL」は、特集(例えば、LDKが変えるライフスタイル……そんな時代だったのだ)、ショップ訪問、ディスプレイ講座、クリッピング・ニュース、定点観測などで構成されている季刊誌。追い込まれるようなスケジュールでもないため、他の仕事の合間を縫うようにして、プロダクションと企画会議を何度か開き、じっくりと進めていくことができた。
いずこでも行われている、言わばまっとうにしてありきたりの制作手順ではある。しかし、新入社員には時として荷の重いものでもあった。
それでも僕は、稚拙なアイデアや編集方針を手慣れたスタッフにブラッシュアップしていただきながら、なんとか鮮度を保ち、時には冒険をしようと試みた。
そんなある日、調査会社の人と飲んでいる時のことだった。秋も深まり始めた頃だったように思う。僕の中を、ささやかな閃きが突き抜けた。
「Skillより、Willだ」という言葉となって、その閃きは頭に残った。データから何か生まれるのだろうか、何かが本当に見えてくるのだろうか、平均などというものは当てになどならない、などと酔眼で食い下がっていたその時だった。

団塊世代とは?
午前11時。東急本店近くのヴェローチェに6人集結。東横店の“懐かしのダイニング”の打ち合わせを行う。空腹が意識を遮断することもなく、全体のおおまかなイメージと今後の段取りが決まっていく。後は、スケジュール。
事務所に帰ってレポート作成をする。急いで仕上げなくてはならないアイスクリームのお話。しかし、焦る気持ちが湧いてこない。気付くと、ぼんやりとしたまま20分が経過。突然、エンジン点火。二時間半で仕上げる。

午後5時。NHK「クローズアップ現代」が、おやじバンドコンテストを取材するとのことで、打ち合わせに出席のため再び東急百貨店本部に向かう。約1時間待機。一次審査を通過したおやじバンドのリストを真中に、特徴あるバンドの話で盛り上がる。
「クローズアップ現代」がテーマとしているのは、団塊世代と音楽。60s東京グラフィティのマーケティング意図とそこにおける音楽の位置付け、マーケットとしての可能性とビジネスとしての勝算などに関して質問が出る。
しかし、団塊世代を取り上げる人たちの年齢が若く、どうしても分析的ではあっても、理解・共感型ではないという、いつもの課題が見え隠れする。果たして、どのような切り取り方になるのか。オンエアをチェックしたい。
4月末頃の放映のようだ。

テーマ:春のイベント - ジャンル:ニュース


懐かしの味 パート2
アップしてから気付いた。“懐かしの味”というタイトルは、一体なんだったのだ。
そう、東横店に集結する約40店の名店。懐かしの味、憧れの店の話である。
明日は、その会場イメージの打ち合わせ。お昼前のスタートがうらめしい。
きっと、お腹のすいている身には辛い打ち合わせになることだろう。
空腹時の買い物は、無駄が多い。空腹時の食べ物絡みの打ち合わせは、唾液が多い。というのが常だ。

心してかかるべし、である。

懐かしの味
午前中残っていた雑務をこなし、今回のイベント用に企画生産予定のポロシャツやプルオーバーのBDシャツをチェック(一部ではご期待いただいているようです。展示のみではありません。販売もします。ご安心を~)。Tシャツのプリント見本を見てから、六本木へ。
お酒のキャンペーンのプレミアムの打ち合わせをして、お茶&お昼ご飯。一息ついて、ワイルドワンズの加瀬邦彦さんを訪ねる。
GWのイベントでは、5月3日に渋谷Duoでライブが開催される。チケットの販売状況、今後の計画等々をお話した後、「東京60sクラブ」が立ち上がることをご報告。ご協力をお願いする。
ワイルドワンズは、今年結成40周年。秋には武道館で記念コンサートが開かれる。何かお手伝いできないか、と思いつつも、とにもかくにもまずは今回のライブが成功することだと、と思い直す。

夕方、公開スタジオの打ち合わせに参加する。具体案を検討する手慣れたスタッフの発言は心地よい。安心しつつ、早目に退出させていただく。
事務所には、二人の来客。お酒なしの打ち合わせ。う~~~~!そろそろいいんじゃない~~?と思っているところに、名古屋の中村氏から電話。展示物の打ち合わせ。そしてそのまま、午後九時。
残念ながら、未だにお酒にはありつけていないのだ……。……。

VAN仲間
プロデューサーを仰せつかって約半年。企画の全容がほぼ固まってから、約3ヶ月。とにかく人に会い、お願いし、語り、動いている間に、実態も伴い始めた。そろそろ始めても大丈夫、と仕事の合間に手をつけ始めたこのブログも、早2ヶ月になろうとしている。
飽きっぽい僕が、継続、継続と念じるようにして続けている間に、楽しいことも起きた。やはり、継続は力なり、だ。
「ぶらぼ~不良鈴木さん」。応援ありがとうございます!かなり、励まされております。
VANの人事にいたというのは、正美ちゃんのことかな?VANコレクターの中村氏とは、近いうちに会うぞ!郡山のVANショップ、お店に行ったことがあるぞ!などと、楽しい思いをさせてもらっています。
kapparから、一言お礼を頼まれました。
彼女から、またお知らせが行くかもしれません。ご期待ください。

「ぶらぼ~不良鈴木さん」以外にも、ご覧になっている方々には感謝しております。
明日は、ワイルドワンズの加瀬邦彦さんにお会いしてきます。ご報告します。

ハンバーガーイン
初めてハンバーガーを食べたのも、VAN入社がきっかけだった。場所は、青山通りVAN99ホール(現在のブルックス・ブラザーズ)のすぐ近く、2Fにあったウェンディーズ。ランチに出かける先輩に連れられ、いかにもアメリカの看板とロゴを横目で見ながら食べたハンバーガーは、とてもシンプルなものだったように記憶している。
やがて、次第にあちこちで遊び初めて憶えたのが六本木ハンバーガーイン。外人客の多い店内で待ち合わせをしながらハンバーガーを頬張っていると、まだ見ぬニューヨークの街角にワープしたかのような錯覚を覚えたりした。
そのハンバーガーインが閉店となったのが、昨年10月。おりしも、GWのイベントの企画作業の真っ只中。東横店にお集まり願おうと、「懐かしのあの味、憧れのあの店」をリストアップしているところだった。協力をお願いした友人の一人からその一報が入った時は、すこしばかり肩の力が抜けたような気がした。
それから、数ヶ月。東急百貨店の方々の努力で、イベント期間中約1週間の復活が決定!今日打ち合わせに参加してきた。あの上質でシンプルな味が再現される。オリジナルTシャツも販売される。なんとも、喜ばしい!
また、ちょっと激励された気分だ。

VANという生き方 ⑦
「やってみるか?」と言われたことに、すべて「はい!」と応えている間に、担当する仕事の種類は、どんどん増えていった。もちろん、任されたわけではない。アシスタントとしてである。
プレスレリース、VAN PRESS(社内報)、VAN MANUAL(社外報)、VAN REPORT(名前は不明確/マーケティングレポート)、企業広告(カーペンターズキット・キャンペーンの応募御礼など)等々。時には、「これは、やってみれば?」と途中から任されもした。チェックはあるが、自由に考えることが最初から求められた。
そして、6月末。試用期間の三ヶ月が終了。7月に入って間もなく、VAN MANUALの編集長だった先輩に呼ばれた。「これ、全部やってみないか?向いてるぞ」とのことだった。僕は、耳を疑いながらも「はい?」と即答していた。
他の仕事のアシスタントを続けながら、“VAN MANUAL”を自分のものとして考える日々が始まった。
「何をしたいか」が見つかるかもしれない。そんな期待を抱き始めていた。

テーマ:メンズファッション - ジャンル:ファッション・ブランド


石川次郎さんとVANのお話
昨日(24日)は、東急百貨店、上根さん、秋月さんと石川次郎さんを訪ねる。石川次郎さんには、60s東京グラフィティのゼネラルマネージャーをぉ願いしている。現在の進捗状況とイベントスタート時にお願いしている件に関して、若干お話しておいとまする。
石川次郎さんから、「今VANが再登場するといいと思うけどなあ」と、しばしファッションのお話。今回のイベントでは、60年代の映画俳優などをイメージした復刻商品的なアイテムを製作し展示する予定だ。ブランドは、60sFACTORY。VANではないが、VANのスピリットを継承しようとしているブランドだ。
クラシカルポロ、プルオーバーのボタンダウンシャツ、ギンガムチェックのボタンダウンシャツなどと、音楽をモチーフにしたTシャツが決定している。

先日、「VANが二度目の倒産」と間違った報道が大きくされたため、何人かの友人から心配の電話をもらった。九州エリアでの展開に関してVANブランドの使用権を獲得していた会社が破産したというのが事実。VANそのものが消えたわけではない。
ただ、ブランドのみが生き残っていくことに大きな意味があるとは限らないのも確かだ。問題は、そのスピリットが確かに存在しつづけているか。
なんとか、引き継いでいきたいものだ。

穂積和夫さんとアイビー坊や
午前10時50分。メールや電話に追われ、予定していた時間よりも10分遅れて事務所を出る。行き先はボタンダウンクラブの事務局。石津事務所の隣だ。お会いするのは穂積和夫さん。メンズクラブを中心にアイビーのイラストを巧みに描き続けてきた方だ。
お会いするのは一年ぶり。だというのに、明らかに遅刻!10分遅れで到着した。
お元気そうだ。仕事や過去を達観したかのようなお話を伺う。しかし、その腕やセンスが衰えていないことは確かだ。昨年、実感させていただいた。
今年のお願いをさせていただいた後、雑談をしていたら、なんと「アイビー坊や」フィギュアになっていることを知る。
「え~~!それお借りしたり、展示即売したりできませんか?」と、すかさずお願いしてみる。「大丈夫じゃないかなあ」と、連絡先等を後ほど教えていただくことになる。

久しぶりに「犬も歩けば……」という言葉を思い出した。

青春のデンデケデケデケ
昨日(22日)午前10:50。八王子京王プラザホテルのラウンジに到着。
人待ち顔の男性がいないことを確認して、コーヒーを注文。700円!やむをえない……。芦原すなおさんとの待ち合わせ。60s東京グラフィティに関連するお願い+αのお話をさせていただくためだ。
しかし、11時を過ぎても芦原さんは現れない。ちょっとだけ嫌な予感が走る。時間間違い?僕?芦原さん?…………。僕の可能性が高いだろう。ともかく、11:30分までお待ちすることにする。
11:35分。思い切って、電話させていただくことにする。「あの~、柿本と申しますが~」「あれ?13時のお約束では……」「11時に来てしまいまして~」といった、いささか心許ないやり取りをさせていただいた結果、「近くですから、すぐ行きます」とのことで、お越しいただいた。
お話は順調。同い年とあって、勢い話題は60年代のあれこれへと向かっていく。VANの話、音楽の話、そしてやがて、悲しいかな年齢の話……。
「いやあ最近記憶力が……」との芦原さんの台詞に乗っかるようにして、まず僕のせいに違いないアポイント時間の記憶間違いを、漠然と許していただく。

そんなこんながあったにしても、「青春のデンデケデケデケ」の著者、芦原すなおさんのご協力は得られることに。ありがとうございました。

そして、夜。今度は、エド山口さん。エドさんの「デンデケデケデケ」を聴く。なんとも、符号がぴったり合ったかのような一日だった。
夜、事務所に帰り、ロゴ・デザインの打ち合わせや連絡を取りながら、頭の中に流れっぱなしのベンチャーズのメロディに、足でリズムを取ってしまっていたのだった。

マーチンクラブ
イベント会場の装飾、GWから連なっていく父の日、クールビズ等々に関して話し合う。コト起こしの後は、そこで立てたさざ波をどう維持・展開していくが大切だ。商品、イベント、ディスプレイ等々の連続性とオリジナリティのあり方は、意志統一されているべきだろう。

夕方、一つ打ち合わせをこなした後、招待を受けた「マーチンクラブ」のイベント会場に向かう。団塊世代に大いに支えられ、マーチンは、まさに今回のツァー名のとおり、「Rebirth」状態にある。
会場は、代々木体育館のすぐそば、SHIBUYA-AX。Rebirth Tourのスタートだ。
アコースティックの達人たちの演奏に聞き惚れながら、久しぶりに大人の時間をいただいた気分だった。
この空気、この気持ちを、GWのイベントでも分かち合いたいと思う。少し癒されながら、ちょっとだけ元気になる。そんな空間と時間は、コンテンツだけではなく、スタッフの姿勢によっても支えられてもたらされるののはず。ここでも、意志統一と楽しもうという気持ちが大切になることだろう。

VANグッズ
'60s東京グラフィティに、VANグッズは欠かせない。
夕方、名古屋のVANコレクター中村誠氏と電話で打ち合わせをする。彼のコレクションの中には僕が担当したモノも混ざっており、昨年目の前にした時は、思わず小さな歓声を上げてしまった。
洋服のメーカーでVANほどプレミアムやノベルティに精力を費やした会社はないだろう。その一端を見ることができるだけでも、イベント会場に足を運ぶ意味はあるはずだ。

エド山口さんと、60年代の音楽百選の打ち合わせをする。彼もまた、VANのグッズのファンだったという。洋服からその周辺へ。そして、ライフスタイルへ。VANが目指していたことは、幅広く届いていたようだ。
あるファッションに身を包むということは、憧れのライフスタイルを疑似体験することでもある。憧れる対象が見つからない時は、思い出でもいい。もう一度、着る楽しさを味わいたい。そう思っているのは、僕だけではないはずだ。

VANという生き方 ⑥
僕は、文科系の出身。手に職はない。就職したからには、夏休みも春休みもない。手を染めたことから、たやすく降りることもできない。だから、VAN入社と同時に、ある程度覚悟を決めた。
僕は僕の「五箇条のご誓文」を心の中に掲げた。
1.頼まれたことは、何でもやる。できるはずだ。
2.引き受けたことは、最後までやり通すことを前提とする。当初から失敗は想定しない。
3.失敗しそうな時は、早目に先輩・上司に相談する。失敗は、避けなくてはならない。
4.最終責任は、上司に取ってもらう。高い給料と権限は、そのためにあるはずだ。
5.とにかく、人に会う。人こそ、情報源であり財産だ。
そんなことだったと記憶している。
そこには、楽しむという概念は入っていなかった。覚悟を自分に押し付けているかのようなものだった。仕事を楽しくやることはできる。それは、得意だ。
しかし、「何がしたいか」には、「仕事そのものを楽しめるかどうか」というファクターが強く作用してくる。楽しみながら仕事ができるのと、楽しめる仕事は違うはずだ。

しかしやがて、そんなことに悩んでいた僕に、VANという会社は、たくさんのチャンスをくれた。なんと素敵な会社だろう。
入社3ヵ月後から「これ、やってみるか?」「はい」といった簡単な会話から始まる仕事の一つひとつが、何とも魅力的な顔つきをしていたのだ。

60年代の文化
晴れのち曇り。からりと上がった空に、瞬く間に雲が広がっていく‥‥。
60年代の音楽をピックアップする作業をしながら、時々窓外の光の変化に目をやる。最近、関わっている仕事のせいか、どうしても60年代のことを考えてしまう。今目の前で起きていることに声高に加わり、存在を強く示した後、掻き消えていった学生時代の友人たちを思い出す。40年近くが経った今でも、いささか腹立たしく、ちょっぴり悲しい。
そう言えば、VANが倒産へと急坂を転げ落ちていった時にも、そんな輩が多くいたような気がする。

新しいモノやコトが大きな影響力を持ちそうに見えた時、そこに身を乗り出し派手に動いて見せる人に大きな期待はできない。遠くから目を凝らしじっと見つめている人や、関心を寄せる人の輪の周辺にいつも静かにいて耳を凝らしている人の方が信用できる。文化をしっかりと継承していく人は、きっとそういう人なのだ。
人は、経済人と文化人に大別できる。僕は、文化人が好きだ。
そんなことを考える。


1歩ずつ……。
午前11時。ヴェローチェにて、公開スタジオの運営に関する打ち合わせ。
毎週金曜日午前11時に定例の打ち合わせをすることになる。

午後1時30分。星加ルミ子さんと喫茶店「アンカレッジ」で落ち合う。60年代の話は、60年代の面影漂う喫茶店で、というわけだ。お願いしている件の確認、シンコーミュージック吉田さんとの打ち合わせのご報告……を、1時間半。

午後4時。東急本店前にて、黒澤楽器の社長、企画の方と待ち合わせ。すぐ7階会場へと足を運び、スペース、天井高、展示イメージ等の打ち合わせを行う。経験と実績をお持ちの社長とスタッフの方だけに、細かな詰めを残すだけとなる。

午後6時。浅井慎平さんのスタジオを訪れる。Tシャツのモチーフにとお願いしていた作品のポジを受け取り、若干の打ち合わせをさせていただく。

午後7時前。ラーメン屋に跳び込む。醤油ラーメンを掻きこむ。

合間合間に、60sFACTORYのオリジナル商品の進行に関して、電話で話し合う。

暖かい1日だった……。

フジテレビ
午後2時よりフジテレビにて打ち合わせ。GWのイベントに会場(東急百貨店本店)内にできるフジテレビのブースと、それに関連する装飾。前回の打ち合わせ以来のお互いの作業の進捗状況を話し合う。

打ち合わせの後、60sFACTORYのブランド・コンセプト、誕生の経緯、2006年春夏の商品企画についてご説明させていただく。GWのイベント会場に展示される商品のサンプルもお見せする。

60年代のモノ作りにこだわり、素材も当時から変わらないモノ作りを続けているThomasMason社から輸入するなど徹底していくと、「復刻商品」とでも呼ぶべき風情となってくる。
しかし、改めてサンプルを見つめ直してみると、そこに新しさがあることも発見する。
Authentic.I’ts Ever New.である。

VANという生き方 ⑤
僕が初めて自分の声を耳にしたのは、中学一年の夏休み。オープンリールのテープレコーダーを買ってもらった友達に、「自分の声を聞きたいから貸して」と頼み、一日だけ借りることに成功した日のことだった。
両親がいない午後三時過ぎ。窓から周辺を念入りに窺い、一人でマイクに向かう姿を誰にも見られないことを確認。それでも声を潜めるようにして、一言だけ吹き込んだ。「○○○○○」。
直後に慌ててスイッチを捻り、その大きな音にまた周囲を窺って巻き戻した。再生を始める。また大きなスイッチの音。そうだ!と気付き、ボリュームを下げる。小さな内蔵スピーカーに耳を近づける。「○○○○○」。
全部を聞き終わるやいなや、僕はスイッチをオフにした。顔が次第に紅潮していくのが分かった。理由は、二つ。一つは、自分の声のふがいないほどのだらしなさに愕然としたこと。もう一つは、僕の苗字に初恋の人の名前を重ねた、その内容だった。
そして、思った。自分で思っている自分て、そんなに本当の自分ではないのか?と。

「何をしたいか」。そのことを考え始めた時、僕は中学一年生に戻ったかのようだった。
主観的に捉えた自分なんてあてにならない。他人の客観的な判断や評価の総体の方が、むしろ僕自身を的確に映し出しているのだろう。そう思いながら、でも、僕の中に「これだ!」という発見や「いいなあ」という憧憬が生まれてくるのを、僕は待った。毎夜、飲みながら……。


60年代のサブカルチャー
60年代は、サブカルチャーが花開いた時代だった。したがって、60s東京グラフィティにおいても、サブカルチャーは大きなテーマだ。その分野を担うのが、古本屋さん連合。中核となっていただいているのが、渋谷のフライング・ブックス山路さん。30代初めの、意欲とセンスに溢れた人だ。
昨日は、展示即売の目玉となるもの、全体の商品構成と量をお聞きしながら、什器の台数、装飾の方向性などを話し合った。
寺山修二、横尾忠則、植草甚一といった、60年代のサブカルチャー・リーダーたちの貴重品が展示即売されることも決まった。

小さくても輝いて見えるカルチャーの匂い、そのオリジナリティ豊かなエネルギーに、時には目を奪われ、時には心を射抜かれていたのを思い出す。
発見する、愛しむ、影響を享受する、変化を楽しむ……。そんな刺激をもう一度求めてみたい気持ちも湧いてくる。
年齢など、関係はない……はず、だ!

スティーブ・マックィーン
昨日、トイズ・マッコイの岡本さんを再びお尋ねする。今度は、4名。
スティーブ・マックィーンの大ファンでありコレクターの岡本さんがお持ちのものを資料で見せていただく。
「あ、これ~」「これなんか、是非!」と順に声が出る。どれもこれもイベント会場に展示したいものばかりだ。
それでも岡本さんは、ばたばたと動き回り、アメリカまで出かけて買い集めたという貴重な写真や資料を、次々と運んで来てくれる。あり難い話しだ。
もう、大丈夫!スティーブ・マックィーンの世界は、かなり魅力的に来場者にお見せできる。といった安堵の笑顔が洩れてくる。

その後、お店の裏の倉庫に置いてある品々を見せていただいた時のことだった。「あ、そうだ」と、突然足元に置かれていたダンボール(申し訳ないが、汚いもの)に、岡本さんが手をやった。なんだろう、と4人の目が集中している時に、岡本さん「いやいや、スティーブ・マックィーンが着ていた本物のシャツが……」と、無造作に一枚のシャツを取り出して見せてくれたのだ。
「岡本さん、なんとまた無造作な~」と笑わざるを得ない気楽さ。やけにうれしい気分になったのだった。
こんなファンがいるって、いいなあと思った夕方でした。

VANという生き方 ④
さて何を頑張ればいいのか‥‥。湧き上がってくる責任感に突き上げられるように、なすべきことをを求めながら、日々先輩諸氏や同僚とお酒を飲んだ。
主に、渋谷。時々、新宿。60年代の渋谷は、まだまだ大人が楽しめる店が多く、先輩たちは店を移動しながら、VANに対する愛情やファッションの薀蓄を夜な夜な語ってくれた。僕は、酒代のために、こっそり家庭教師のバイトを始めた。

そんな日々が続いていたある夏の夜。僕は、ふとあることに思い至った。
「自ら楽しむこと。自らがおもしろいと思えること。それが、先にあるべきではないか。モノを売るということは、その楽しさ、おもしろさを商品とともに届けられるか否かということではないか」。
VANが「遊びの研究」をしている意味がわかったような気がした。
何を成すべきか、きりきりと考えることが、消費者をひきつけることにつながるとは限らない。同期の仲間を支援することにつながるはずもない。
何ができるか、ではない。何をしたいか、だ。
そう思うと、目の前の薄いカーテンがはらりと落ちたような気がした。

テーマ:アメカジファッション - ジャンル:ファッション・ブランド


公開生放送
東急本店7階に設営する公開スタジオは、ラジオ日本とオフィス・トワイライトによる運営。双方とも、20年以上の付き合いになる友人が主体となって、全面的に協力してくれている。少ない費用でより大きな楽しみを、60s東京グラフィティ開催中の13日間、訪れる人に提供すべく準備中だ。荒木氏、皆川さんに感謝!

公開生放送が3日間。公開録音が4日間。その他の6日間も連日アコースティック・ライブが行われる。ミュージシャンは、いずれもベテラン。やはり長い付き合いの友人が中心になっている。
ふと頬が緩んでしまい、なぜか明るく穏やかな気持ちにさせられてしまう60年代の音楽。しっかりと楽しんでもらえるはずだ。



アイビースクウェア
昨日(3月9日)、アイビースクウェアを訪問。倉敷駅から道順を尋ねながら、歩いてみる。前回アイビースクウェアを訪ねたのは、約20年前。地元の百貨店天満屋を懐かしく覗き込み、観光客にターゲットを合わせ観光地らしくお化粧を施した商店街を抜けると、倉敷市最大の観光資源「美観地区」に到達する。市の職員らしき人に「アイビースクウェアは、どちらですか?」と尋ねると、「じゃ、そこまで」と小さく観光案内までしていただく。

今回は、アイビーの創始者石津謙介氏の記念館をアイビースクウェアに、とのお話しがあっての訪問。漠然とした企画はあっても、やはり現地と現地の事情を見聞しないことには、いい企画にまでは育たないとあって、アイビースクウェアの社長にもお会いする予定の訪問だった。
文化資産と呼ぶべき建物に久しぶりに足を踏み入れると、ああここだったら、とか、あの場所でこんなことが出来たら、と発想は膨らむ。
館内で「アイビーショップ」との看板を見かけると、それが土産物店だと気付く前にメンズショップを連想してしまうのは、VAN育ちの性のようなものだとはいえ、土産物だけではいかにももったいない、とも思ったりする。

結局、具現化まではまだまだ遠い道のりだということを認識して現地を去ることになるのだが、60年代の文化を残し語り継いでいくべき拠点の一つとして、「石津謙介記念館」すなわち「アイビーのメッカ」は、アイビーに関する資料や知識が散逸しつつあるからこそ必要だ、との思いを強くした。

マーチン、ギブソン、モズライト‥‥。
午前11時。黒澤楽器本社を訪ねる。
60年代。僕たちは、ひたすらギターに憧れた。音楽をするということはギターを弾くことだ、と言っても過言ではないほどだった。マーチン、ギブソン、モズライト‥‥。憧れのブランド、名品に関する知識だけに支配され、行動に出るわけにもいかない現実に身悶えしていた。
そんなある日、医者の息子がギターを買った。彼を取り巻き、ギターに触った感想に聞き耳を立てた。そして、みんな彼を憎んだ。‥‥。

黒澤楽器は、マーチンの総代理店。
その本社に足を踏み入れるだけでわくわくしてしまうのは、結局マーチンに触れることなく青春を過ごしてしまったからだろう。
そんなマーチンのヴィンテージものや復刻モデルの展示販売。魅力的なコーナーになることは間違いない。それをさらにチャームアップするための装飾。
二時間近くにわたって、話は盛り上がった。
イベント会場の一角は、かつてのギター小僧垂涎のコーナーになることだろう。

テーマ:ギター - ジャンル:音楽


温故知新
60s FACTORYの春の企画を説明させていただくチャンスを得る。
クラシック・ポロ、プルオーバーのBDシャツ、ギンガムチェックのBDシャツ、オープンカラーのシャツ、音楽をイメージ・モチーフにしたTシャツを提案。改めて、60年代の新しさを実感する。

シャツの工場は、その腕日本一と言ってもいいウィンスロープさん。VANのBDシャツにとって、主要でかつ信頼できる工場だった。BDシャツに関するうんちくを形にしていくためには、ウィンスロープさんの腕は欠かせない。

昨年、東急百貨店の父の日イベントを機に誕生したブランド、60s FACTORY。まだごくわずかしかしか市場に顔を出していないが、国産にこだわり、本物であることに徹底していこうとする姿勢は変わらない。
少しずつ、少しずつ‥‥。妥協せず、無理もせず‥‥。
オーセンティックなモノ作りを続けていきたいものだ。



60年代の学生の部屋
月曜日夕刻、フジテレビ訪問。60s東京グラフィティに参加を希望されているとのこと。60年代の学生の部屋を再現し、そこを当時の番組(と言ってもVTRが残っているわけではないため、様々な工夫をされるとのこと)ファッション等をプレゼンする場にしたいとの趣旨。
やはり、VANが話題となる。
VANのファッションやグッズを活用することを打ち合わせ、映像面での協力をお願いする。

60年代の終わりから、京都で学生時代を過ごした僕の部屋を思い出し、百貨店の催事場にはいかがなものか、と思う反面、都市生活の先頭を走っていた、言わばライフスタイル・リーダー的な学生の部屋は覗いた経験もなく、ただイメージするのみであることにも思い至る。
ファッション、音楽に没頭できる環境下にいたと思しき同世代の友人を探してみなくてはならないだろう。


’60sというおもちゃ箱
3日(金)午後6時から打ち合わせ。
この打ち合わせが、4月27日からのイベント開催に向けての小さなターニングポイントとなる予定だった。
コンテンツ、全体装飾、生放送、ライブ等を一つにまとめ、これまで個別に行っていた打ち合わせの結果を、全体像として関係者が認識。これからは具体的な作業へと入っていく。
若干の心配はあったものの、始めてみるとすんなりと進行。知識と認識の共有の基礎はできた感じだ。やらなくてはいけないこと。やり残していること。これからは、そこに意識と力を集中していかなくてはならない。

60年代は、おもちゃ箱のような時代だった。猥雑で活気があり、スタンダードなものと贋物が平気で肩を並べていた。
そんな雑然とした活気を、東急本店の入り口から会場となる7階まで創り出せるか……。コンテンツだけではなく、演出のディテールが、これからの工夫のポイントとなるだろう。

VANという生き方ー③
仕事に真剣に取り組めば、そこに学ぶべきことは転がっているものだ。
アイビーの何たるかを知らず、ファッション用語に関する知識も皆無に近かった僕が、ID(情報室)の業務、「遊びの研究」への参加を通じて、社内でまがりなりにも会議に参加できるようになったのは、入社後約1ヶ月の頃だった。
ファッションに対する興味と熱意が横溢している環境にあったお陰でもあるが、新入社員であっても即戦力として扱ってくれる上司や先輩のお陰でもあった。僕は、その好意と期待に応えるべく努力した。
ただ、その努力を支えたエネルギーには、もう一つの要素があった。同期入社の多くが、派遣社員として販売の現場に立っていることに対する申し訳なさと責任感だった。内勤という言葉にさえ過分に反応するほど、少数の恵まれた存在であることに、僕は後ろめたささえ感じていた。
会社は、一種の共同幻想。愛社精神は、共に働く人に対する愛情に他ならないと思ったりもした。
その思いは、最初に手がけたプレスレリース制作の時、さらに強いものとなった。僕が手がけたのは、決算報告。はっきりとは理解できないその内容を読み取るべく呻吟した末、“あれ!?業績は決してよくないぞ!”と気付いた時、販売の現場にいる同僚たちの努力が報われているのか、という疑問が湧くと同時に、ただお金を使うだけに等しい内勤社員の責任を痛感したからだった。

スティーブ・マックィーン ②
TOYS McCOYの岡本さんとお話した結果、スティーブ・マックィーン関連のグッズをお借りできることに。
スティーブ・マックィーンの大ファンである岡本さんがお持ちのものの全容を、後日見せていただき、どこまでお借りし、販売可能なものをどこまで即売していくか、じっくりと検討させていただく予定だ。
岡本さん、ありがとう!
60年代を彩る映画俳優の世界を、イベント会場の中でどこまでお見せできるか。まだまだ安心はできないが、一歩前進できた気はする。次は、オードリー・ヘップバーン関連グッズの確定だ。

テーマ:映画グッズ - ジャンル:映画


スティーブ・マックィーン
とにかく、スティーブ・マックィーンは好きだ。
世の中に斜に構えてみせる時の表情、ふと人の心や生き様を考えてみているかのような表情、正義感に凝り固まっている時の表情‥‥。すべて、観ている者を引き込み、その感情世界に同化させる力があったように思う。
いやいや、とにかく単純に“カッコいい”男だった。

初めて女の子と見た映画が、「砲艦サンパブロ」。高校生の時だった。二人でぐっと考え込んでしまい、寡黙になって別れた。

今日は、スティーブ・マックィーン関連のグッズをたくさんコレクションしている岡本さん(TOYS McCOY社長)にお会いする。イベントへの協力をお願いするためだが、スティーブ・マックィーンの衣裳や、あの大脱走の時のバイク(復刻)など、見せていただけるだけでも、頬が緩んでしまいそうだ。
展示即売できるものもご提供いただけるといいのだが‥‥。

テーマ:洋画 - ジャンル:映画




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